2nd glass of wine
「フロルス・モスカデッロ・ディ・モンタルチーノ」
文/紫貴あき
突然ですが、カラオケで何を歌いますか。
アニソン、80年代、90年代ヒットソング………カラオケで懐メロを歌うと盛り上がるのは何故でしょうか。メロディが歌いやすい、思い出の共有、センチメンタルな気持ちになるから………などなど。いずれの理由にせよ、新曲もいいけど、やっぱり懐メロはカラオケの定番ともいえるでしょう。
ワインにも懐メロ的なものがある、といったら驚くでしょうか。飲むと昔にタイムトリップできるようなワイン。それがトスカーナ州モンタルチーノ村の甘口白ワインなのです。
忘れ去られた甘口白ワイン
モンタルチーノ村は、古都シエナから南方へ40キロ行った美しい村です。なだらかな丘陵に並ぶ糸杉はまるで絵画のよう。
この村は、サンジョヴェーゼ種からつくる辛口赤ワイン、ブルネッロ・ディ・モンタルチーノで有名です。渋みが強く、骨格のある味わいは、長期熟成向きで、まさに「イタリアワインの女王」の風格を呈しています。
この長期熟成型の赤ワインが代名詞となった村で、昔は甘口白が主流だったとはにわかに信じられないでしょう。モスカッデロ(=マスカット)を使った、遅摘みスタイルで、その愛らしい香りから、若飲み用ワインとして消費されていたのです(チャーミングな香りと熟成香がバッティングするため熟成に向かない)。
セレンディピティの瞬間
残念ながら、この甘口ワインを造っている生産者は現在7軒しかありません。健康志向の高まりで、甘口ワイン離れが加速化していること。何よりも1970年代以降、ブルネッロ・ディ・モンタルチーノの評価が急激に高まり、甘口白に奪って代わったのが大きな原因です。
そんな中、この甘口白を試飲する機会に恵まれたのです。まさにセレンディピティの瞬間。そのワインこそ、バンフィ社のフロルス・モスカデッロ・ディ・モンタルチーノです。
Non è facile(簡単でない)
「Non è facile(簡単ではない)」とは、ワインメーカーの言葉。たしかに、遅摘みスタイルで、甘口ワインを仕込むことは決して楽ではありません。
ひとつは、収穫の期間が通常のワインスタイルと比べて長いこと。少し早めに約半分弱のブドウを手収穫し、温度と湿度を管理した部屋で乾燥させます。残りは9月中旬以降に収穫。当然ですが、収穫の期間が長ければ長いほど人件費がかさみます。
2つ目は、9月中旬に収穫するにあたって、枝を切って樹上で乾燥させます。これも手間がかかります。
3つ目は、カビや細菌感染のない、健康なブドウしか乾燥ブドウ用に使えないことです。気象パターンは年ごとにバラつきがあり、この条件をクリアしたブドウを毎年収穫することは簡単ではありません。実際、このスタイルでワインを仕込むことができるのは数年に1度だけなのです。
フロス・モスカデッロ・ディ・モンタルチーノをテイスティング
濃い黄金色。コンポートしたモモ、マスカット、白バラの香り。天然の甘みが心地良く、トロリとした滑らかな舌触りは、飲むと穏やかな気持ちにさせられます。「これがモンタルチーノ村のルーツ」と思うと、何ともいえない情緒的な気分に誘われるのでした。まさにワイン界の懐メロなのです。
〆はモスカデッロ・ディ・モンタルチーノで
カラオケで「〆にみんなで何歌う?」、そう聞かれたら、やっぱり懐しい曲を歌いたくなるものです。そんな風に、食事の最後をモスカデッロ・ディ・モンタルチーノで終えるのも粋なものではないでしょうか。
バンフィ社/フロルス・モスカデッロ・ディ・モンタルチーノ
イタリア/トスカーナ
品種/モスカデッロ
参考価格/5,810円
優れたヴィンテージのみ造られるデザートワイン。ブドウは畑で自然に乾燥させ、10月半ば過ぎに収穫します。低温で数ヶ月かけて発酵させ、約20%をフレンチオークの350Lの樽で約1年熟成。香りは複雑でエレガント。トロピカルフルーツ、干しブドウやハチミツのニュアンスがあります。味わいは、甘い芳醇な果実感とアルコール感があり、長い持続性が印象的です。
※ワインデータ、テクニカル解説は輸入元webサイトより転載
紫貴あき(しだかあき)氏
ワイン講師J.S.A.認定ソムリエ・エクセレンス/第10回J.S.A.ワインアドバイザー全国選手権大会 優勝。
大手ワイン専門輸入商社にてマーケティングを担当。退社後はカリフォルニアでワインを勉強し、現在は、レッスンや執筆活動を通じてワインの魅力を伝えている。2024年3月にはKADOKAWAから「ゼロからスタート!ソムリエ1冊目の教科書」を出版予定。