3rd glass of wine
「アブルッツォ ペコリーノ・スーペリオーレ “ラ・カナリア”」
文/紫貴あき
ジャイアントパンダ、ベンガルトラ………メッシー君※1、アッシー君※2…さて、これらの共通点といえば?―そう絶滅危惧種ということ。
1500種類あるブドウ品種の中にも、いっときは絶滅寸前まで減ってしまったものがあるのをご存知でしょうか。
※1 メッシー君:おごってくれる都合のいい男のこと。
※2 アッシー君:車(脚)代わりになってくれる都合のいい男。
1、2とともに1990年代バブルがはじける前の流行語。令和においては、もはや死語。
イタリア的ワイン消費事情
「Buon vino fa buon sangue.(良いワインは良い血をつくる)」とはイタリアの格言です。確かに、朝1杯の自家製ワインから始める、そんな高齢者もいるとか。そう、イタリア人にとってワインは日常なのです。
このことは数字を見ても明らかです。ワイン生産量世界第1位。1人当たりのワイン消費量も世界3位で44.4ℓです(2022年OIV調べ)。戦後すぐと比べ、その数字は減ったといっても、日本とは比べものになりません(ちなみに日本は約3.4ℓ)。
そんなイタリアにおいて、一昔前は、とにかく安定して、たくさん取れるブドウ品種が評価されていたのです。例えば、「ソアヴェ」の原料となる白ブドウのガルガネーガは、たくさん収穫できる品種ため、昔から重宝されてきたのです。その逆に、育てにくく、量がとれないブドウ品種は忌み嫌われていたのです。
絶滅危惧種ペコリーノ
近年、人気のイタリア中部の白ブドウ品種ペコリーノ。そのペコリーノが1980年までには栽培面積がほぼゼロになっていたとは驚きではないでしょうか。栽培面積が減った背景にはいくつか理由があります。
一つは、どこでも簡単に栽培できる品種でなかったこと。ひんやりとした気温、粘土質土壌が多い場所を好み、それ以外では育てにくいこと。イタリアは温暖な地中海性気候が中心のため、涼しい場所を見つけるのは容易ではありません。
二つ目は、果実味がぼんやりとしていて、万人に理解されにくい香り・味わいだからです。とくにたくさん量を取ろうとすると、水っぽいワインになりがちです。
美味しいペコリーノを探して
そんなペコリーノが復興したのは、1980年以降のこと。カタルディ・マドンナとコッチ・グリフォー二という生産者がリバイバルしたのです。21世紀に入ってからは急増しており、栽培面積は約4倍。なんともドラマティックな品種ではないでしょうか。
ペコリーノの歴史を知って以来、筆者のトレンドは「美味しいペコリーノを見つける」こと。しかし積極的にペコリーノにトライするも、なぜか凝縮度に欠けるものが多く、いつも意気消沈していたのです。
フォンテフィーコ/アブルッツォ ペコリーノ・スーペリオーレ “ラ・カナリア” 2022
イタリア/アブルッツォ州
品種/ペコリーノ100%
希望小売価格/4,840円(税込)
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そんな中、ついに度肝を抜かれるようなペコリーノに出会ったのです。その名も、フォンテフィアーコ社のアブルッツォ ペコリーノ・スーペリオーレ “ラ・カナリア”。
“ラ・カナリア”は「ならず者」の意味。生産者がさんざん手を焼いたことに由来するとか。やはり、ペコリーノは一筋縄ではいかないブドウ品種なのでしょうか。
しかし、飲めばこのペコリーノが特別なことが分かります。白桃、メロン、カモミールオレガノの香り。凝縮度が高く、心地よい果実味を楽しめます。後味には、わずかな塩味も。
聞けば畑は砂質と粘土の混ざる土壌、海から数キロメートルという冷却効果を受ける希少性のあるロケーションだとか。極端に場所を選ぶペコリーノも、この環境ならドンピシャではまるのでしょう。2022年ヴィンテージが、トレ・ビッキエーリ(いわゆる3つ星のこと)を取っているのも納得です。
深遠なるストーリーに触れる
絶滅寸前からの、復興、そして品質向上。このワインは、まさにペコリーノの深化を体験できる1本です。是非とも味わって、楽しんで、そして他品種にはない深遠なるストーリーに触れていただきたいのです。
参考文献:Italian Wine unplugged Grape by Grape/S.Kim
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紫貴あき(しだかあき)氏
ワイン講師J.S.A.認定ソムリエ・エクセレンス/第10回J.S.A.ワインアドバイザー全国選手権大会 優勝。
大手ワイン専門輸入商社にてマーケティングを担当。退社後はカリフォルニアでワインを勉強し、現在は、レッスンや執筆活動を通じてワインの魅力を伝えている。2024年3月にはKADOKAWAから「ゼロからスタート!ソムリエ1冊目の教科書」を出版予定。