©Juan Ernesto Jaeger – Fundación Imagen de Chile
文/紫貴あき
11th glass of wine
「Tara Sauvignon Blanc(タラ・ソーヴィニヨン・ブラン)」
黒四ダム、青森青函トンネル、液晶ディスプレイ………と聞いて想像するものは? そう「プロジェクトX」です。挑戦者たちの姿は胸アツそのもので感涙した人も多いはず。
そして、「チリワイン版プロジェクトXがある」と言ったら信じられるでしょうか。
アタカマ砂漠の花、キスタンテ。降雨量が少ないので花が見られるのは珍しい風景だそう。(編集部・注)©Amelia Ortúzar – Fundación Imagen de Chile
氷河を目指す探検家のように
「チリは温暖な地中海性気候が中心で、ブドウ栽培に理想的な環境なのだから、限界への挑戦なんぞ必要ないでしょ」という呆れ声も聞こえてきそうです。しかし、現在のチリでは、かつてなら想像もできなかった限界ギリギリの場所に畑が開拓されて続けているのです。その1つがアタカマ砂漠でのブドウ栽培プロジェクトなのです。
アタカマ砂漠は、チリのアンデス山脈と太平洋の間に広がる砂漠です。全体の平均標高は約2000mにも達し、その過酷さからアタカマ砂漠への道は「死への道」と恐れられるほどです。年間降雨量はわずか20mm、このような厳しい環境にブドウが育つのでしょうか。この限界ともいえる場所に目をつけたのがベンティスケーロ社のアレハンドロ・ガラスとワインメーカーのフェリペ・トッソだったのです。「ベンティスケーロ」はスペイン語で「氷河」の意味し、まさにアレハンドロたちは氷河を目指す探検家のような精神でワインづくりに挑んでいるのです。
濃い霧と海風がもたらす奇跡
2007年、太平洋から20kmはなれた場所に畑を開拓しはじめました。日中は太陽が照り付け44度近くになることも。しかし沿岸部に近いため、寒流の影響で、午前10時と午後6時の1日2回、濃い霧が発生します。この霧は涼しさをもたらすだけでなく、ブドウ樹の生存に欠かせない湿度(水分)を提供してくれるのです。さらに、日中から午後にかけては海からの冷たい風が昼間の暑さを和らげてくれます。彼らがこの地を選んだのは、他にはないこの自然の恵みを知っていたからでしょう。
ブドウ樹が次々と枯れる!?
しかし植樹してすぐに「何かおかしい」と気づきました。なぜなら2年目には、すべてのブドウ樹が枯れてしまっていたのですから。「土壌に大量の塩分が含まれていることがわかったんだ。しかもブドウの木が耐えられる約10倍の塩分量。植えても、植えても、ブドウ樹が枯れるのは当然のこと」とアレハンドロは語ります。 それでも諦めないのは、「探検家魂」ゆえ。その対策の1つがスプリンクラーで散水することです。散水すると土壌の表面に塩分が浮いてきます。しかし、水不足に悩まされているチリでは容易なことではありません。2つ目は、塩分質土壌に強い台木(通常、ブドウ樹は地上5センチあたりで接ぎ木されており、根部分の樹のこと)を探すことです。台木と土の相性を探る作業は非常に時間のかかる作業で、こちらも造り手泣かせの作業でした。
塩と戦い、塩に助けられる
こうしてリリースされたのが「Tara Sauvignon Blanc(タラ・ソーヴィニヨン・ブラン)」なのです。パッションフルーツ、グアバ、フレッシュハーブの香り。グラスをまわすと海の潮風が鼻腔をくすぐります。口に含めばフルーティでありながら、タイトで引き締まり感のある良い酸。後味にははっきりとした塩味を感じます。このナトリウムっぽさは1日に2回発生する濃い霧の影響でしょう。土壌中の塩に悩まされつつも、塩分を含む霧がブドウ樹の成長を助け、ワインに個性を与えているのです。これはまさにパラドックスであり、自然の不思議だと思うのです。
Tara Sauvignon Blanc 2021
品種/ソーヴィニヨン・ブラン100%
産地/チリ:アカタマ
希望小売価格/11,000円(税抜)
本当のプロジェクトXは始まったばかり
アレハンドロたちは、この特異なテロワールを理解し、塩の扱いにも慣れはじめたばかり。ブドウ樹もまだ若く、これからが本当の挑戦といっても過言ではないでしょう。そういった意味では、本当の「チリワイン版プロジェクトX」の幕開けはこれからなのかもしれません。