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WINE

紫貴あきの「今夜」ワインが飲みたくなるはなし 「誰ですか、ワタクシを青臭いとか重たいなんて言ってるのは!?」

文/紫貴あき
13 the glass of wine
「ロス・ヴァスコス カルメネール グラン・レセルヴァ」
「モンテス・ウィングス」

カルメネールがもし話せたら、きっとこんな風に愚痴るかもしれません。たしかに、かつてはミントの香りが強烈だったり、ジャムのような濃厚なカルメネール。しかし、今やそういったカルメネールはすっかり姿を消し、最近はすっかり洗練されたスタイルに大変身………それにもかかわらず、昔のイメージを引きずっている人がいるのはちょっと寂しい話かもしれません。

明かされたメルロ・タルデの正体

1994年、チリのワイン業界に衝撃が走りました。長年、メルロと思っていた品種のなかに、実際は全く異なる品種が混ざっていることが明らかになったのです。これまで早く収穫できるメルロを「メルロ・テンプラノ」、収穫が遅いものを「メルロ・タルデ」と区別して呼んでいましたが、まさか別の品種だと考える人はほとんどいませんでした。ところが、その遅熟の品種が、フランス・ボルドーで姿を消しつつあるカルメネールであると判明したのです。
 ヨーロッパからブドウが持ち込まれる過程で取り違えが起こることは珍しくありません。しかし、植樹から100年以上経って初めて気づかれるとは、まさに予想外の出来事。まさに「青天の霹靂」という言葉がふさわしい発見でした。

ボルドーを離れた兄弟ブドウの物語

のちのDNA鑑定でさらにわかったことは、メルロとカルメネールは片親にカベルネ・フランを持つ異母兄弟ということ。この共通の血筋を思えば、このふたつが長年取り間違えていたというのも仕方がないことかもしれません。紅葉するとカルメネールの葉が深紅色になること、晩熟である点をのぞけば、房や葉の形が似ているばかりか、ブドウの成熟度が低いと、どちらもワインにミントのような香りが現れることも共通します。 なおカルメネールが、ボルドーで姿を消しつつある理由の最大の理由は、晩熟で扱いにくいことにあります。秋が深まるにつれて降雨量が増えるボルドーでは、カルメネールを十分に成熟させることが難しく、青っぽい香りと荒々しいタンニンのワインになりがちだからです。

チリで開花したカルメネール

その反面、チリの主要産地は年間を通じて日照量が多く乾いた地中海性気候。秋が深まるほど雨が降りやすいボルドーと比べて、秋も乾いているために、超晩熟のカルメネールでもしっかり熟すことができるのです。1990年代から20世紀初頭のチリにおけるカルメネールの収穫は5月中旬が一般的。しっかりカルメネールを成熟(ときには過熟)させ、ミントの香りがほとんどしない、力強くリッチで濃厚なワインが主流でした。しかし、ときが流れ、現在は2つのスタイルが存在するのです。どちらのスタイルも、重すぎず、品種やテロワールの個性がしっかり表現されたワインを目指しています。


収穫のタイミングを見極めたスタイル

1つはブドウを熟しすぎず、適度なタイミングでブドウを収穫してつくるスタイルです。この場合、4月末から5月頭に収穫されます。これにはワインメーカーの的確な判断が必要で、毎日、畑に出て何キロメートルも歩き回り、細かいサンプリングと、試食をして決めます。目指すは、アクセント程度にミントが香る、重すぎないカルメネールです。 代表選手のワインがロス・ヴァスコスのカルメネール。ワインメーカーのディエゴ・マルケス・デ・ラ・プラタさんは、「以前は、大柄で重たいカルメネールが一般的だったけど、今はバランスを大切にしている」と話します。

醸造家のディエゴ・マルケス・デ・ラ・プラタさん(左)とマネージングディレクターのフィリップ・ロレさん(右)


ロス ヴァスコス クロマス カルメネール グラン レセルバ

新鮮なボイセンベリー、ブルーベリーに、タバコの葉がアクセントに香る。軽やかな飲み口で、生き生きとした酸が◎
品種/カルメネール100%
産地/チリ、コルチャグアヴァレー
参考価格/2,680円(税抜)

輸入元/サントリー

多彩なブレンドが生むカルメネールの新境地

一方、ブレンドでカルメネールの特徴を表現するつくり手もいます。例えば、異なる畑のカルメネールをブレンドしたり、あるいはカルメネールに異なる品種をブレンドしたりすることで、バランスを整え、華やかさを加えたりするのです。

コルチャグア・ヴァレーのアパルタにワイナリー構えるモンテスがその代表選手でしょう。ワイナリーに隣接する畑を見渡せば、標高差、方角、斜度、土壌などの細かな環境の違いを見つけることができます。なかでも「ウィングス」というブランドでは、アパルタの畑の中でも標高の高い区画と低い区画のカルメネールをブレンド。さらにカベルネ・フランを少量ブレンドして、バランスと奥行きを表現しています。

モンテスの畑、アパルタの畑と醸造家のガブリエラさん


モンテス モンテス・ウィングス

凝縮したブラックベリーの香り。グラスをまわすと鼻腔をかすかにミント香が抜ける。フレッシュな酸と滑らかなタンニンが心地よいワイン。
品種/カルメネール85%、カベルネ・フラン15%
産地/チリ、セントラルヴァレー
参考価格/7,500円(税抜)

輸入元/エノテカ

カルメネール百花繚乱

メルロ・タルデがカルメネールと認識されるようになってから30年。これからもボルドーを離れたチリの地で、その才能をますます開花していくことでしょう。グラスにカルメネールを注いだなら、「過去のイメージを引きずっているそこのアナタ!どうぞワタクシの新しいスタイルをお試しあれ」という声が聞こえてきそうです。

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紫貴あき

ソムリエ | ワイン講師 日本最大級ワインスクール「アカデミー・デュ・ヴァン」の人気講師。 丁寧なレッスンは、 初心者から上級者まで わかりやすいと評判。 著書に『ゼロからスタート!紫貴あきのソムリエ 試験』( KADOKAWA)。この夏には、かんき社から『ワイン図鑑』を出版予定。

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