文/紫貴あき
15 the glass of wine
「Marcel Lapierre」
「スリー・トゥー・ワン!」。時計がゼロ時を指すと、あちこちから「カンパーイ」の声が響き渡ります。ルビー色に輝くグラスの中身は、そう、ボージョレ・ヌーヴォー。 11月の風物詩となって久しいボージョレ・ヌーヴォーですが、最近は少し影が薄くなっているという噂も。それでも、仲間と新酒を楽しむ夜の魅力は健在です。今回は、そんなボージョレの意外なトレビア(豆知識)を5つご紹介。知れば、いつものボージョレがさらに味わい深くなるかも?
その1:リヨン発、ボージョレが全国区になるまで
もともとボージョレは、大都市リヨンの地元民たちに愛されていたお酒。というのも、ボージョレを産出するボージョレ地方(土地名がワイン名になります)はリヨンを含むローヌ県に属しており、同じ行政圏内で飲むと税負担が軽減されるためです。一方、ブルゴーニュ地方は別の行政区域に属しているため、税負担が増える傾向にありました。
特に収穫の終わりには、新酒で祝うのが定番。19世紀に鉄道網が広がると一気に流通ルートも拡大し、リヨンを飛び出してあちらこちらに。1950年代にはとうとうパリまで進出し、パリジェンヌたちの間でリヨンの伝統として大流行したのです。
その2:イチゴ香るワインのヒミツ
ボージョレ・ヌーヴォーといえば、はっきりとしたイチゴキャンディーのような香りが特徴です。この独特な香り、実は「炭酸ガス浸漬法」という特別な製法によるものですが、さてこの手法を発見したのは誰でしょう?
答えは意外にも、化学者のジュール・ショヴェ。なんと彼はノーベル賞の候補者に推挙されるほどの学者でありながら、ワイナリーの4代目でもあったのです。1950年、ショヴェは、ブドウを房ごとタンクに入れて二酸化炭素で満たして発酵させると、鮮やかな香りが引き出され、軽やかでフレッシュなワインが生まれることを発見しました。 さらに面白いのは、彼が「香りは色のように簡単に識別されるべきだ」と考え、香水の街グラースに通い詰めたというエピソード。おまけに、あの有名なINAOグラス(ソムリエ試験で使うグラス)開発にも関わったとか!ショヴェの探究心がなければ、今のボージョレ・ヌーヴォーはなかったかもしれません。
その3:第三木曜日が解禁日になったのはなぜか
1951年、ボージョレ・ヌーヴォーの解禁日はUIVB※1 によって11月15日と定められました。しかし、やがて輸出が重視されるようになった1985年、INAOによって解禁日が11月の第三木曜日へと変更されたのです。その理由は至ってシンプル——アメリカの感謝祭に合わせるためです。
感謝祭は家族が集まり、ターキーを囲んで祝う日で、アメリカではクリスマスと並ぶ一大イベント。この消費シーズンに新酒を登場させれば盛り上がりも一層高まるだろうという狙いでした。しかし、皮肉にも、ボージョレ・ヌーヴォーが最も熱烈に歓迎されたのはアメリカではなく、遠く離れた新酒好きの日本だったのです。
※1:Union Interprofessionnelle des Vins de Beaujolais
※2:Institut National des Appellations
その4:ユネスコのナショナルジオパークに認定
2009年以降、ボージョレ地方では実に1,000か所もの穴が掘られ、土壌の徹底調査が行われました。その結果、ボージョレには15,000もの異なる土壌タイプが存在することが明らかになったのです。
南部、ボージョレ・ヌーヴォーの主要産地には、粘土と石灰岩が広がり、一方でクリュ・ボージョレとして知られる北部、モルゴンやムーラン・ナヴァンを生むエリアでは、痩せた花崗岩質の土壌が中心。特に注目すべきは、黄金色がかった石灰岩「Pierres Dorées(ピエール・ドレ)」。これは氷河期の終わりに形成された酸化鉄の混じる土壌で、そのために黄金色に見えるのです。
この緻密な土壌調査が認められ、2018年にはボージョレ地方がユネスコのナショナルジオパークに認定。ボージョレの生産者たちも、調査に関わった人たちも、「やった!」とガッツポーズをしたことでしょう。
その5:試しておきたいギャング・オブ・フォー
「ギャング」と聞いて、マフィアを想像した方は………残念。ボージョレ地方では少し違います。ここでは、ボージョレ地方で「自然派ワインの革命」を起こしたつくり手4人(ドメーヌ・マルセル・ラピエールをはじめとし、ジャン・フォワイヤール、ジャン=ポール・テヴネ、ガイ・ブルトン)のことを指しています。彼らは、伝統と自然を重んじ、革新的な手法でワインを生み出してきました。
戦後のボージョレでは、農業労働力の不足を補うために化学薬品や除草剤が畑に多用され、ワインにも酸化防止剤が過剰に使われました。そんな時代に登場したのが、上述のジュール・ショヴェの炭酸ガス浸漬法だったのです。この手法は、酸化防止剤を加えずに鮮やかな香りと風味を引き出すことが可能で、伝統に回帰しようとする造り手たちにとって理想的な方法だったのです。ボージョレの土地と自然の息吹が見事に表されたワインは、まさに、芸術でもあり、ボージョレ地方の真骨頂と言えるでしょう。 「ボージョレって意外と深いな」、そんな風に思った方は、11月21日はヌーヴォで乾杯しませんか。きっと以前よりも、2倍、3倍……いや5倍は美味しく感じるはずです。