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WINE

悪魔の仕業?それとも奇跡?500年前に偶然生まれたスパークリングワインの秘密

「サン・ティレール修道院の庭 © Vincent ADT.Aude.com」

文/紫貴あき

紫貴あきの「今夜」ワインが飲みたくなるはなし 19 the glass of wine

「田舎方式(Méthode Ancestrale)」と呼ばれるスパークリングワインの製法

シュワッ——。冬を越したワインの樽を開けた修道士は、思わず目を疑いました。瓶に注いだ液体は静かに揺れ、表面には微細な泡が立ち上っていたのですから。ワインが泡立つなど、これまでに経験したことがありませんでした。「悪魔の仕業か?」と恐る恐る口に含むと、シュワッとした感触が舌をくすぐります。思わず目を見開いたのでした。

500年前に生まれた泡

サン・ティレール修道院

スパークリングワインと聞くと、多くの方がシャンパーニュを思い浮かべるかもしれません。しかし、歴史を遡ると、最初にこの魔法のような泡を生み出したのは、フランス南部の小さな修道院でした。

時は1531年。場所は南フランス、ラングドック地方のサン・ティレール修道院。修道士たちはワインを瓶詰めしたまま冬を越し、春を迎えたとき、ある異変に気づきました。いつもの静かなワインが、まるで生きているかのように泡立っていたのです。偶然の産物だったこの発見が、のちに「田舎方式(Méthode Ancestrale)」と呼ばれるスパークリングワインの製法へとつながっていったのです。

この時点では、修道士たちはまだその泡の正体を理解していませんでした。しかし、その味わいは魅力的だったのです。ナチュラルな発泡と、リンゴや白い花を思わせる香り。それは、現代のシャンパーニュとは異なる、どこか素朴で優しい味わいでした。では、この“500年前の泡”とは、一体どのようなものなのでしょうか?

田舎方式とは

現代のシャンパーニュは、瓶内二次発酵という技術によってつくられています。しかし、サン・ティレール修道院で生まれた泡は、現在のスパークリングワインとは異なる製法で生まれました。それが田舎方式と呼ばれる伝統的な手法です。

この製法では、ワインが一次発酵をしている途中で瓶詰めされます。つまり、まだ発酵が完全に終わっていない状態でボトルに入れるため、瓶の中で残った糖が自然に発酵を続け、炭酸ガスが生まれます。現代のスパークリングワインのように二次発酵を人工的に起こすのではなく、ワイン自身の力で自然に泡が生まれるのが特徴です。 また、田舎方式では、発酵後にフィルターを通さないため、ワインには酵母由来の細かな濁りが残ります。この濁りがワインに独特の風味を与え、フレッシュな果実味と優しい発泡を生み出します。シャンパーニュのようなきめ細かい泡立ちとは異なりますが、素朴で親しみやすい口当たりが魅力です。

シャンパーニュよりも早かった泡の発見

スパークリングワインの歴史といえば、1662年にイギリスのクリストファー・メレットの論文中につくり方がすでに言及されており、その後、シャンパーニュ地方で発展していったことが有名です。特に、「ドン・ペリニヨン修道士が大貢献した」という話を聞いたことがある方も多いのではないでしょうか?しかし、実際にはそれよりも約150年も前に、南フランスの修道士たちがすでに“泡のワイン”をつくっていたのです。 この田舎方式のワインは、やがてラングドック地方のリムーで発展し、「ブランケット・ド・リムー」というスパークリングワインとして広まっていきました。実は、フランス最古のスパークリングワインは、シャンパーニュではなく、このリムーでつくられたブランケット・ド・リムーなのです。

500年前の泡を味わう

そんな歴史ある田舎方式のスパークリングワインを、現代でも楽しむことができます。もし500年前の泡を体験してみたいなら、ぜひ次のワインを試してみてください。

 1つは「ブランケット・ド・リムー(Blanquette de Limoux)」です。モーザックという南仏固有の品種でつくられるワインです。そしてもう1つは「ペット・ナット(Pétillant Naturel)」です。田舎方式を現代的にアレンジしたナチュラルワインのことです。現在は、フランスだけでなく、イタリア、オーストラリア、アメリカなど世界中で人気です。

どちらも、ワインのナチュラルな魅力を感じられる、優しくて心地よい泡のワインです。シャンパーニュのような華やかさとは違いますが、歴史に思いを馳せながら飲むと、また特別な味わいを感じられるかもしれません。 スパークリングワインの歴史は、決してシャンパーニュだけのものではありません。500年前に南フランスで偶然生まれた泡が、今も私たちのグラスの中で静かに弾け続けているのです。何よりも、500年後の私たちがこの泡を楽しんでいることなど、修道士たちも夢にも思わなかったかもしれません。

ブランケット・ド・リムー・テット・ド・キュヴェ NV /ドメーヌ・ドー
輸入代理店/ヌーヴェルセレクション

フレッシュな青リンゴ、アカシアのアロマ。繊細な泡立ちとフレッシュな酸がワインに爽やかな印象を与えている。滑らかな口当たりに思わずうっとり。

ペットナットワイルド 2022クォーサーワインズ
モモ、スイカズラのような香り。ふわりと口中ではじける優し泡立ちにつづいて、すっきりとした酸と旨味を感じる。中盤からはパン粉のような芳ばしい風味も感じる。素朴ながらも優しい味わい。

ちなみに、合わせるお料理を紫貴さんに聞いてみると

チキンカツでした。

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紫貴あき

ソムリエ | ワイン講師 日本最大級ワインスクール「アカデミー・デュ・ヴァン」の人気講師。 丁寧なレッスンは、 初心者から上級者まで わかりやすいと評判。 著書に『ゼロからスタート!紫貴あきのソムリエ 試験』( KADOKAWA)。この夏には、かんき社から『ワイン図鑑』を出版予定。

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