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WINE

法廷から酒蔵へ——弁護士・松岡立行さんが醸す「SAKE M」に込めた使命

文/紫貴あき

紫貴あきの「今夜」ワインが飲みたくなるはなし 20 the glass of wine

「法律のプロが、清酒で人と地域を結んでいる。」そんな物語のような話が現実にあります。 主役は、現役の弁護士・松岡立行さん。彼が新潟県上越市にある老舗の酒蔵、頚城(くびき)酒造と共にプロデュースする清酒「SAKE M」は、単なる地酒ではありません。地域振興、山あいの地域の保全、そして「食」を取り戻すという使命を背負って、今日も人々の食卓に寄り添っています。松岡さんと、頚城酒造の八木社長にお話を伺いました。

弁護士が日本酒を醸す理由

新潟県の上越市柿崎区にある東横山集落。澄んだ空気に恵まれたこの地には、「大出口泉水(おおでぐちせんすい)」という百年以上にわたり棚田を潤す湧水があります。その棚田で育つ山田錦を使い、頚城酒造と共に醸されるのが「SAKE M」です。

松岡さんは語ります。「法律顧問として関わっていた頚城酒造の環境保全・地域振興プロジェクトに大変感銘を受けました。また蔵の取り組みを通じて、山あいの地域の棚田は形が不整形で機械が入ることができない場所もあり、とても効率が悪く重労働であるため、離農がすすみ、衰退していることも知りました。それを目の当たりにして、自分にも何かできるのではないかと考えたんです。」

普段の仕事は現役の弁護士・松岡立行さん

「M」に込めたストーリー

「SAKE M」という名には、Mission(使命)——そして、松岡さんの「M」など、さまざまな意味が込められています。その背景には、首相直属のシークレット・エージェント「M」が「SAKEを支援せよ」というミッションを受けるというフィクション仕立ての物語まで存在しています。「実は、あのストーリーは小説にもしています。私の思いを物語という形でも伝えたいんです」と松岡さんは微笑みます。物語とリアルな環境保全・地域振興プロジェクトが並行して進むあたりに、松岡さんの本気と遊び心がにじみます。

『SAKE Mプロジェクトのフィクションストリー 首相直属のシークレット・エージェントが活躍する「小説M」と「小説SPIRITS by M』を発刊し、ご自身が作詞して歌っているYoutube動画まで配信してしまうほどの惚れ込みよう。小説は、いずれもAmazonで購入可能主題歌「DUTY」は、各種サブスクで配信中

棚田の米と大出口泉水、自然の恵みを酒にする

「SAKE M」は、米と水にとことんこだわっています。酒米の王である山田錦は、東横山集落の棚田で育てたもの。標高が高く寒暖差が大きい土地ならではの旨味が凝縮された米です。水は、尾神岳の中腹からこんこんと湧き出る平成名水百選の「大出口泉水」。やわらかく、きれいな水は、淡麗辛口の酒質に最適です。

「この水と米をいかに生かすかが肝でした。頚城酒造の蔵人たちと共に、仕込みから上槽(酒粕と酒に分ける作業)まで関わっています。特に、仕込みの工程は、今も必ず立ち会うようにしています」と松岡さんは語ります。 「酒造りは、重労働で、寒く、朝早く、泊まり込みで眠れないこともあります。お米を洗うときも秒単位で行われる数学的な緻密さに驚かされました。だからこそ、誕生の瞬間は、忘れられない良い出になりました」と彼は続けます。

利益はすべて地域に還元

「SAKE M」の販売利益は、松岡さんの手には一切入りません。その覚悟は本物です。売上の一部は、頚城酒造から東横山集落や中山間地域保全団体に寄付され、「お酒を販売して得た利益が、地域の環境整備費用に充てられています。頚城酒造を通じて、実際にお役に立てているのか、地域の人と対話を重ねていただき、検証しています。」と松岡さん。地元の人に喜んでもらいたいという気持ちが溢れ出ています。

9年目の留仕込

「SAKE M」が広げる地域の輪

「まだまだ知名度は高くありませんが、毎年楽しみに購入してくださる方がいらっしゃるのです。『淡麗辛口でキレがよく、料理が引き立つ』、『酸がシャープで青リンゴのような香りがあり、白ワインのようなニュアンス』、『ペアリングで、お料理の素材の甘みやうまみがより感じられるようになる』と味覚に敏感なミシュラン受賞料理人などのプロの方々にも言ってもらえることが、本当に嬉しいですね」と松岡さんは目を細めます。

現在は「SAKE M」と「頚城酒造」の知名度をさらに広げ、地域のお役に立ちたいと考えています。「試験的に、SAKE Mと柑橘の一種であるヘベスを蒸留したスピリッツの製造・販売も行いました。もし反響が大きければ、蒸留酒も定期的に作っていきたいですね」環境保全・地域振興・食育のためなら、酒のジャンルを問わず挑戦する。その柔軟さは、法曹界で培った視点の表れでもあります。

「SAKE M」の楽しみ方

「SAKE M」は、淡麗辛口でシャープな酸が特徴です。従来の新潟の清酒で「淡麗辛口」と呼ばれるものは、工程の中で炭を使って濾過をし、すっきりさせることが多いですが、「SAKE M」は酒質などの工夫をして、ろ過をせずに、透明感のあふれるクリアな味わいを表現しています。「『新しい淡麗辛口のカタチだね』と言ってもらえるのが誇りです」と八木社長は語ります。

「控えめな万能選手ですので、合わせるお料理をピンポイントで選ぶ必要はありません。魚介類や寿司はもちろんですが、白ワインのように洋食にも合わせられます」と松岡さんは語ります。

価格も手に取りやすく、高品質ながら求めやすい一本です。「利益を度外視しているので、まずは多くの方に飲んでもらいたいです。そのこと自体が、清酒の復権・環境保全・地域振興・食育というミッションにつながりますので」と力強く語ります。

未来へのビジョン

「グルメ本に掲載されたり、有名人が紹介したから売れるという社会ではなく、安全・安心で、本当に品質の良いものが選ばれるような社会になってほしいと切に思います。作り手の思いや地域の背景を理解し、本質を見極めて選んでいただけるお客様に評価されるようなお酒でありたい」「今後は、機会があれば、ワインやウイスキーといった分野にも挑戦したい」。そう話す松岡さんの目は、常に先を見ています。

最後に、松岡さんはこう締めくくってくれました。「とにかく是非一度飲んでいただきたいです。それが地域や環境を守る力になるのです。そして、もしよろしければ、『小説M』も読んでいただき、物語に共感していただければ、これ以上の喜びはありません」

「SAKE M」。その一杯は、地域と未来を守るミッションの証であり、食卓に小さな幸せを運ぶ存在なのです。

SAKE M」(右)とそれを蒸留し、「ヘベス」という柑橘のみをごく少量添加してスピリッツを製造した「SPIRITS by M」(左)。
Amazonで購入可能。
SAKE MのFacebookページは、こちら(外部サイト)
https://www.facebook.com/share/1ABHBBi3A7/?mibextid=wwXIfr

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紫貴あき

ソムリエ | ワイン講師 日本最大級ワインスクール「アカデミー・デュ・ヴァン」の人気講師。 丁寧なレッスンは、 初心者から上級者まで わかりやすいと評判。 著書に『ゼロからスタート!紫貴あきのソムリエ 試験』( KADOKAWA)。この夏には、かんき社から『ワイン図鑑』を出版予定。

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