2021年2月号の本誌WANDSで、「今、注目すべきピノ・ノワールの銘醸地」と題した特集を組んだ。その際、本家ブルゴーニュ以外の産地から15本のピノ・ノワールを厳選し、ブラインドで試飲してみた。蓋を開けてみると、自分で最も高く評価していたのが「ヴァリ ヴィンヤーズ ワイタキ ピノ・ノワール 2018」だったのをよく覚えている。
ヴァリ・ヴィンヤーズ
今ではセントラル・オタゴはニュージーランドを代表するピノ・ノワールの産地として世界的にも知られているが、その黎明期に複数のワイナリー(ギブストン・ヴァレー・ヴィンヤーズ、フェルトンロード、マウント・ディフィカルティーなど)でワインメーカーを務め、国際的な賞を多く獲得したのがグラント・テイラー氏。つまり、セントラル・オタゴの立役者である。そのグラントが1998年に自ら興したのがヴァリ・ヴィンヤーズだ。
グラントは、サブ・リージョンごとにワインを造り始めた。ギブストン、ベンディゴ、バノックバーン、そして2021年からワイタキも加わった。
ジェン・パーさん、2015年からヴァリに参画
ジェンは、実はアメリカ西海岸の北部に位置するオレゴン州の出身だという。ここも今ではピノ・ノワールの有名産地のひとつだが、子供の頃からワインに興味があったわけではないようだ。カリフォルニア州のスタンフォード大学では専攻は文学だった。卒業後はファイナンス関係の会社で銀行へ向けてテクノロジーのセールスを担当していたが、退職した。学生時代にナパ・ヴァレーまで1時間で行ける環境にあったこともあり、ワインと出会ったことがその後の人生へ大きな影響を与えることになったという。
退職後は、サンフランシスコ、ロンドン、南アフリカなどで多くのワインと接することになる。2002年にフランス南西部でバイオダイナミック農法を行なっているワイナリーでブドウの収穫も体験した。ロンドンではワイン販売にも携わり、2003年頃にニュージーランドワインに出会い、とくにセントラル・オタゴに興味を抱いた。中でも、ワナカ地区の「リッポン」のワインに共鳴。その頃、セールスよりブドウ栽培やワイン造りの方に興味があると自覚し始めていた。そしてニュージーランドへ移り住み、ワイナリーで定職を得ることになる。9年間バノックバーンで仕事をしている間に、グラント・テイラーと出会い、2015から「ヴァリ」でグラントとともに仕事を始めることになった。今年2024年で10回目の収穫となる。
サブ・リージョンの違い
4つのサブ・リージョン別のピノ・ノワールを、2020年ヴィンテージで比較試飲した。2020年はやや冷涼なヴィンテージ。ギブストンでは開花が遅く、瓶詰めしなかった生産者もあるが「ヴァリ」では幸運にも順調に進み4月後半に5t/haほど収穫できた。バノックバーンとベンディゴでは冷涼で開花がうまくいかず、収穫量は例年の50%だった。
平均積算温度(GDD)は約900℃、平均降雨量600mmで、セントラル・オタゴの中では最も涼しい地区。積算温度はノース・オタゴのワイタキより少し多い程度。「収穫が遅くタイムやセージなどのハーブの香りが出るのが特徴のひとつ。また、色が淡いことが多く、タンニンは洗練されているが、調和が取れるまで時間がかかる。土壌は沖積土で砂利が多い」とジェンが解説。
明るい色合いで、上品な香りにはラズベリーやほのかななめし革のニュアンスを感じる。しなやかなアタックで酸がとてもフレッシュ。タンニンも引き締まっていて、全体にタイトでジューシーな味わい。細やかなタンニンとしっかりとした芯のある味わいが印象的。
平均積算温度(GDD)は約1100℃、平均降雨量450mmで、ギブストンより温かく乾燥している地区。「この中でも多様性がある地区で、ヴァリの畑はバノックバーンの中でも標高が高く少し冷涼な場所にある。そのため、フレッシュさとフローラルさもキープしながら成熟したブドウを収穫でき、シルキーなテクスチャーをしている」。
きれいな明るいルビー色を呈し、上品な香りにはしなやかだがよく熟したラズベリーやチェリーを感じる。味わいはしなやかなアタックで、フレッシュだがテクスチャーのなめらかさ、ミドルパレットの充実感が増し、ストラクチャーもよりしっかりとしている。
平均積算温度(GDD)は約1150℃、平均降雨量450mm。バノックバーンよりも若い産地。「ここも多様性がある。温かい平坦な場所の畑はもるが、ヴァリの畑は比較的冷涼なテラス状。それでもバノックバーンよりも温かい。粘土質が豊かな場所があり、フレッシュだがアルコール度数が高く果実味が豊かになり、ボリュームのあるワインになる。果実味もタンニンも、さまざまな要素が高いレベルでバランスする」。
きれいな明るいルビー色。上品で凝縮感ある赤い果実の香りは、ぎゅっと引き締まりスパイスのニュアンスも感じる。アタックはしなやかだが、凝縮していて、この中で一番果実が豊かでストラクチャーもしっかりしている。タンニンが豊か。
ワイタキは、セントラル・オタゴではなく海岸沿いのノース・オタゴにある。セントラル・オタゴが大陸性気候なのに対し、ここは海洋性気候。平均積算温度(GDD)は約800℃、平均降雨量530mm。2000年にワイタキで土地を購入し、植樹した。土壌も異なり、砂利と砂と粘土と石灰質。「小さな産地でまだあまり知られていない。とても冷涼で、とくに午後に冷たい海風が入り込む。今でもワイタキ全体でブドウ畑は合計60haのみ。数社だけが畑を所有している。しかし、世界的にもとてもユニークなピノ・ノワールの産地として知られるようになってきている。それは、独自の特徴を有しているから。エネルギーやミネラリティが高く、タンニンは少なめ。野生のイチゴのような少しワイルドなニュアンス、白胡椒や海塩、うま味などが感じられる」。
明るい色合いで、とてもしなやかで上品で香り高い。ラズベリーや白胡椒のペッパリーなニュアンス。しなやかなアタックで、フレッシュな酸が生き生きとしている。しっとりとしたテクスチャーが心地よく、口中でもペッパリーな香りとパウダリーなタンニンが印象的。
比較のために、<ギブストン Gibston 2016>も試飲した。香りは穏やかで、なめらかなアタック、優美でソフトなタッチが印象的。テクスチャーがとてもきれいで、フレッシュな酸も細やかなタンニンも果実に包まれている。余韻はジューシー。
「良い年でもそうでない年でも、毎年その年の最大限の個性を映し出すことを良しとしている。また、それぞれのサブ・リージョンの特徴をそのままボトリングしようと努めている。それぞれの特徴が異なるということが、とてもエキサイティング」と、ジェンは言う。
醸造のアプローチはどのキュヴェも同じ。どれも畑とヴィンテージの特徴を踏まえた上で、全房を一部加えて発酵している。ベンディゴは最も温暖で果皮が厚いから一番多く、例年40%ぐらい全房で発酵するが、例えば暖かかった2021年は65%だった。それぞれ区画や収穫日ごとに別々に醸造し、最終的に最良のものだけをブレンドしている。228ℓの小樽(ミディアムトースト)で熟成。樽屋はサブ・リージョンの個性に合わせて選んでいる。すべてのワインをノンフィルターで瓶詰めしている。
ジェンの参画により、何か変えたことがあるのかどうか尋ねてみた。
「大きな違いはブドウの樹齢が上がったことではないだろうか。グラントの、サブ・リージョンにフォーカスしたワインをリスペクトしている。ただ、以前は比較的クラシックな造りであったともいえる。偉大なワインはファッションのようなものではなく、時間が経過しても変わらぬ価値を持っていると考えている。ヴァリでは、グラントとともに常に新たな実験を行なっていて、より細かなことに気遣いをするようになった。畑そのものも大切にしているが、醸造においても例えば樽のトーストの仕方を少し変えたり再評価したりするようになった。全房発酵についても、何%加えるのかだけでなく、どの部分をどのように加えるのかによってもインパクトが異なる。醸造中に抽出のための酵素を使うのもやめた。ブドウの品質が向上したので、マセレーション期間を長くしなくても良くなった。最も重要なのは、健全なブドウを少しずつ細かく分けて最適な時期に収穫すること。早めに収穫する区画と遅めに収穫する区画があり、これらの多様な要素を調和させる。適切な熟度での収穫が大切で、分析値よりも調和を重視している。未熟なブドウを収穫してはいけないし、過熟であってもいけない」。
「例えばセントラル・オタゴの2008年、2012年はほとんどの畑で熟度がとても高いブドウが収穫され、果実爆弾のようだという評価を受けるほど、濃くて豊かなワインになった。しかし偉大なワインには、果実がピュアでバランス良く、酸味も重要なファクターだと考えている。純粋な果実を表すには酸味が必要で、私は果実だけでなくスパイス、テクスチャー、セイボリーなアロマも求めている。2021年ヴィンテージは、それをよく表現できたと思っている」。
<おまけ ザ・リアル・マッコイ ピノ・グリ・オレンジワイン “The Real McCoy” Pinot Gris Orange Wine 2022>
ギブストンで栽培するピノ・グリから造られるオレンジワイン。マセレーション期間は30日。このヴィンテージで8回目。「オレンジワインは国内でとても人気があり、輸出先でも人気上昇中。ゆっくり熟成するので、数年寝かしておいても大丈夫」。
少しアプリコットを思わせる、甘やかで豊かな香り。なめらかなアタックで、ほど良い収斂性があり食事と合わせたくなる味わい。
(Y. Nagoshi)
輸入元:ラック・コーポレーション