取材・文/山本ジョー
生産数は年間1万本以下、少ない年は約7000本。それを全世界で奪い合うのだから、一度でも口にできた人はとてつもなくラッキーだ。チリワインの最高峰に君臨するチャドウィックは、あまりの希少性ゆえ正直、日本での知名度は高くない。しかし一度知ってしえまえば、入手への情熱が高まること必至。まだまだ謎めいた存在のチャドウィックとは、さてどんな出自のワインなのだろう?
チリ、サンティアゴ市内のワインショップ。大都市の店はチリ産の品揃えがどこも概ね良好で、外国人観光客は訪問しがいがある。
ボルドー5大シャトーを凌駕し堂々1位
「コスパがいいチリワイン」とのフレーズで、すぐ思い浮かぶ価格帯とは? たとえば、5,000円クラスと想定される味わいの2,000円台ワイン、はたまた2~3万円クラスに匹敵する味わいの1万円ワイン……といったあたりか。ところで、チャドウィックは実売価格が5万円を優に超える超プレミアムワインである。そもそも味の質を価格で分けるのは無粋だと承知の上で、あえてチャドウィックの“実質味わい価格”は20~30万円とお伝えしておこう。
20~30万円との数字は、2004年に開催された「ベルリン・テイスティング」にちなむ。ボルドー5大シャトーやイタリアの銘醸ワインと、チャドウィックをはじめとするチリのプレミアムワインを並べてブラインドで試飲した結果、ナンバーワンに選ばれたのはチャドウィック。審査員の面々は、旧世界のワインに精通するイギリス人のワイン評論家やドイツ人のトップ・ソムリエであったにもかかわらず、彼らは数十万円の値が付くボルドーのシャトー物より高い評価を、同じカベルネ系であるチリのチャドウィックに与えたのだった。
本国チリより日本のほうが安い?!
旧世界ワインを相手にあっさり下剋上を成し遂げたチャドウィックは、その後もワイン評論家のジェームズ・サックリングやロバート・M・パーカーから90点台の高評価をキープし続け、ジェームズ・サックリングにいたっては2014と2017ヴィンテージそれぞれに100点満点をつけた。となると当然、ボルドー5大シャトーより有名になってもおかしくないのだが、年間生産量がわずか7000~9000本とあっては、話題が高まる暇もなく瞬時に消え去ってしまう。
つまり、「あら、20万円もしないで買えちゃうの?お安いわね」な価値観の方は、見かけたら即買いすべきだし、「5万円台なら、数年先に飲むのを見越して、今のうちに頑張って買っておこう」と決心しても、それだけの価値はあるワインなのである。さらに言えば、現在の日本での販売価格はなぜか本国チリより安いとのミラクルが発生している。為替の変動で数年先は売値が変わる可能性もあり、買うタイミングは延ばさないほうが得策だ。
現在64歳のチャドウィック家当主、エデュアルド。マスター・オブ・ワイン協会と連携を取るなどチリワインの高級化へ大きな役割を果たし、2018年には『デキャンター』誌からマン・オブ・ザ・イヤーに選ばれた。
ブドウ畑が小面積なのは元・ポロ競技場ゆえ
さて、「旧世界の一流ワインを打ち負かした新世界ワイン」とのストーリーだけ切り取ると成り上がり感が強まるのだが、チャドウィックはもともとイギリスの由緒ある家柄出身だ。1066年のヘイスティングスの戦いで、フランス軍を相手に武功を挙げたとして記録が残る一族であり、1820年にチリへ渡った子孫が農園を展開。ポロ競技の選手として活躍し、チリ・ナショナルチームのキャプテンまで務めたアルフォンソ・チャドウィックが引退したのち、彼が所有していたポロ競技場を息子のエデュアルドがブドウ畑へと転換したことから、一族の名を冠したワインの歴史がスタートした。
アンデス山脈から流れるマイポ川が砂利や粘土を運び、カベルネ・ソーヴィニヨンの生育に適した土壌が形成されていたことに加え、メリットはやはりアンデス山脈の麓という立地にある。多くの産地が地球温暖化への対応に苦心するなか、アンデスの高山が涼しい風をもたらし、豊かな酸とゆっくり凝縮していく成熟を完成させる。いっぽうのデメリットは、周囲を大木に囲まれた元・ポロ競技場なだけに、総面積が15ヘクタールと非常に限定されている点。セカンドワインも造られておらず、この小さな畑の特質を掴むにはチャドウィック以外の選択肢がないのはもどかしい。
チャドウィックに使用されるカベルネ・ソーヴィニヨンは、わずか15ヘクタールの畑で丁寧に栽培される。
ともあれ、どちらかといえばチャドウィックは、一般的なチリワインを好む人より、クラシックなボルドーワイン好きがハマるタイプであるのは事実。自身の嗜好が保守的と自覚しているなら、ひとまずチャドウィックの名前だけでも頭にインプットしておこう。