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WINE

和食にも相性抜群の「山のワイン」イタリア、アルト・アディジェ

文/山田 靖

ワインの原材料はブドウだけ、極論するとブドウ果汁を発酵させるとワインになる。だからこそ、そのブドウがどのような環境下で育ったのかということはとても重要なわけだ。そして、ワインのキャラクターを「山のワイン、海のワイン」と表現することがある。産地がどのような環境なのかを「山と海」に分けたわけだが、ちょっとロマンチックな表現だと思う。特にイタリアワインを理解することは難しいといわれるが、「山と海」に大別して、そこから各地の地勢や気候に土壌や品種特性を重ねていくと理解しやすいとも言われている。

さて、今回紹介するのはイタリアの「アルト・アディジェ」。ここは「山のワイン」の代表格であり、高品質なワインが造られる産地。まずは地政学も含めて、アルト・アディジェを深掘りしてみたい。

アルト・アディジェの現在地はイタリアの最北に位置し、オーストリアそしてスイスとの国境に接している。歴史の勉強を少し。四方を海に囲まれた日本と違い、ヨーロッパでは国境周辺の地域が、隣接するふたつの国の歴史に翻弄されることは珍しくない。アルト・アディジェはその典型的な例だろう。神聖ローマ帝国やオーストリア・ハンガリー帝国の領土だったこの地方は、第一次世界大戦でハプスブルク家が崩壊すると、オーストリア領とイタリア領に分断される。ファシズムの台頭によりイタリア化政策がとられ、第二次世界大戦後にドイツ語系住民とイタリア語系住民との間で確執が表面化する。そして、協定により強力な自治権が認められ、紛争は収束する。
今日、トレンティーノ=アルト・アディジェ州は北のボルツァーノ自治県と南のトレンティーノ自治県に分かれ、前者にはドイツ語系住民が、後者にはイタリア語系住民が多く暮らしている。そして北部のボルツァーノ自治県こそ、アルト・アディジェ。別名、南チロルとも言われる。

もう何年も前になるが筆者も訪れたことがある。道路標識はドイツ語とイタリア語の併記。朝、散歩に出かけ、挨拶に耳をすませると、皆が口々に「グーテンモルゲン(おはよう)」、見事にドイツ語だった。南チロルと呼ばれるエリアは、イタリアのトレンティーノ=アルト・アディジェ州内であるが、ドイツ色が濃厚。チロルと呼ばれる一帯は、山岳地帯ながら物流の拠点でもあり、権力者による所有権争いが絶えなかったエリアだった。
南チロルらしさについて尋ねてみると、地元人曰く「南チロル人はイタリアより真面目だけど、オーストリアほど頭は固くない(笑)」。「ただし、みんな保守的ではあるかも。ワインがイタリアのガイド本『ガンベロ・ロッソ』で最高評価のトレビッキエーリを獲得しても(実際2013年にピノ・ビアンコが獲得している)、すぐに飛びつかないのが南チロルの国民性。もちろん、買うきっかけにはしてくれるんだけど」と答えてくれたのは、州都ボルツァーノにあるワインショップのスタッフだ。ついでにドイツワインとの違いを聞いてみると、「山岳地帯で温度差が激しいから、ドイツより比較的エレガントなワインができる」と誇らしげに語ってくれたことが印象的だった。

閑話休題

ワイン造りはどこかオーストリア的な趣きが感じられ、グリューナー・フェルトリーナーが栽培されている地域もある。地政学的に見て、ドイツ系やオーストリア系のブドウ品種が植えられていることは容易に理解できるが、ピノ・ビアンコやソーヴィニヨン・ブラン、それにシャルドネといったフランス系の品種が栽培されている、その理由もある。ヨハン大公はオーストリア皇帝フランツ2世の弟君でオーストリアのワイン銘醸地シュタイアーマルクの発展に尽力した。シュタイアーマルクにソーヴィニヨン・ブランを導入したのは大公で、これらの品種をアルト・アディジェに持ち込み、奨励したのもヨハン大公で、それは1850年頃のことである。フランス系品種ばかりかリースリングもアルト・アディジェには持ち込んでいる。
ところでアルプスの麓にあるイタリア最北のワイン産地と聞けば、誰もが冷涼な気候を想像するだろう。たしかに白ワインの生産量が65%を占めるし、ブドウ畑に混じって麓の平地ではリンゴ農園も多い。ところが、中央アルプスの山々が冷たい風を遮り、むしろ南の地中海からやってくる、温かい気流の影響のほうが大きいのだ。 そのため、標高200メートルほどの盆地では、スキアーヴァやラグレインなど土着の赤ワイン用品種に混じり、とりわけ温暖な気候が要求されるカベルネ・ソーヴィニヨンが栽培されているし、1970年代は赤ワインと白ワインの生産割合は現在とは真逆に赤が圧倒的に多かった。その一方、ミュラー・トゥルガウやリースリングといった冷涼な気候に適した白品種は、標高1,000m近くの高地にブドウ畑をもつ。全体では20の品種が育っている。

地場品種のラグレイン

少し前になるが、アルト・アディジェ・ワイン委員会によるプレスイベント「イタリア最北端のワイン産地・アルト・アディジェ~個性あふれる高品質な山のワイン」が行われた。ゲスト・スピーカーで登場したのは銀座ロオジエ ソムリエの中村僚我氏。司会は『JETCUP イタリアワイン・ベスト・ソムリエ・コンクール』で優勝経験を持つワインディレクター本多康志氏という豪華な布陣だった。委員長のアンドレアス・コフラー氏も来日した。
そのセミナーで「赤ワインが主流だった時代から、現在の白ワイン主流へとかわった理由」もアンドレアス氏が語ってくれた。第二次世界大戦後の食糧難時代(日本同様にイタリア、ドイツともに敗戦国なので、相当に困難な時代であったことは想像できるだろう)。赤ワインは食料代わりに大量に生産された。当時のブドウ生産の70%はスキアーヴァ種だったそうだ。しかし、それも落ち着いた70年代は売上げが低迷し始めた。危機感を持った生産者たちが大量生産の薄利多売から脱却、1980年代頃より収量を制限し、土壌の研究を進めつつ高品質ワイン生産を目指した経緯がある。そして白品種がよりこの土壌には適していることに気付き、白ワインへの生産が増えていったという背景があるそうだ。

プレスイベント「イタリア最北端のワイン産地・アルト・アディジェ~個性あふれる高品質な山のワイン」で左から本多康志氏、アルト・アディジェ委員会委員長のアンドレアス・コフラー氏、中村僚我氏。

アルト・アディジェのワイン生産のアウトラインをみると、ワイン生産者は約4,800、栽培面積は5,800ha。単純計算で1社あたり1hの平均面積。標高は200m~1,000m。ワインの年間生産量は4,000万本。スパークリングはトラディショナルメソッドで45万本。そしてDOC(統制原産地呼称)認定されたワインシェアは98%。
小規模農家が70%と多く、その生産者を守るために大きな役割を果たしているのが協同組合だ。マーケティングから流通までを援助している。イタリア全土の生産の 1% ほどの生産量とのことで、量よりも高品質を極める、それがアルト・アディジェのワインが注目される理由でもある。
そして、キャンティ・クラシコでも導入されたUGA(追加地理的ユニット)に86のゾーンで申請をしているという。生産地をさらに細分化してより高品質なアルト・アディジェのワインがいずれ御披露目されることだろう。

プレスイベントで試飲したワイン

ズュートチロラー ソーヴィニョン ポーフィリー&カルク 2021
イニャツ ニードリスト
アルト・アディジェDOC
ソービニョン・ブラン特有のパッションフルーツやトロピカルな青いイメージのニュージーランドとは対照的にスモーキーでエレガントさがあり、熟した柑橘系の味わい。今回は「海老と白身 シブレット(ハーブ)の海老パン」を合わせていたが、海老の甘味はもちろんだけれどハーブ感がいいアクセントになっていた

サンクト ヴァレンティン ピノ ビアンコ2022
サン ミケーレアッピアーノ
アルト・アディジェDOC
「ピノ・ビアンコこそフランスのシャルドネに対抗しうる品種」と断言するアルト・アディジェの生産者もいる。この会では中村氏もこのワインを「グランヴァンのようなピノ・ビアンコ」と表現していた。大樽で発酵させ、MLF熟成。熟成ポテンシャルも高い。ヨード感や塩っぽさも感じられる。それがペアリング出だされた「ホタテの天ぷら抹茶ソルト 山芋の磯辺揚げ」のホタテの甘味とマッチしていた。

ヌスバウマー・ゲヴェルツトラミネール 2022
トラミン
アルト・アディジェDOC
特有な華やかさ。標高の高い産地でのこの品種はタイトな印象もある。ランチなどに合う気持ちのいいワイン。アジア料理のスパイシー感ある料理が合うとのことで「サーモン、レタス、万能ネギ、黄ニラの生春巻き チリソース&魚醤ライムピーナッツソース」とペアリング。またゲヴェルツトラミネールには甘味のある食材が合うという。

シャルドネ リゼルヴァ クリヴェッリ 2021
ペーター ゼンマー
アルト・アディジェDOC
スモーキーな香ばしい香り、テクスチャーもあり、しっかりとした酸。サワークリームと同調した。オリーブオイルやバターとの相性もいい。アルト・アディジェのワインは全般的に油脂系の料理も合うという。今回合わせたのは「ほうれん草とベーコンのリゾット、サワークリームを添えて」
ピノ・ネーロ 2022
フランツ ハース
アルト・アディジェAOC
果実味がしっかりありながら、土っぽさがある複雑性も備えたワイン。ブルゴーニュのピノ・ノワールとは別もので、素直な印象が強い。合わせたのは「カツオのたたき、芽ネギと茗荷 ぽん酢ジュレ」。たたきのスモーキーさ、モチっとした食感とも合う。今回は出ていなかったが、スキアーヴァ種も合いそう。ちなみにスキアーヴァはアルト・アディジェではボージョレーのような存在で、少し冷やすくらいがいいとのこと。
ラグレイン リゼルヴァ タベール 2021
ボルツァーノ
アルト・アディジェDOC
ラグレインは、スキアーヴァと比べるとシリアスな赤ワインだった。色が濃く、タンニンも心地いい。果実味の凝縮感に富み、酸味のバランスも見事だった。リゼルヴァは骨格のしっかりした重厚なワイン。合わせたのは「グラーシュ レホール クリーム」。今回唯一の地元の料理。しっかりした味のこい料理がやはりあう。煮込み料理など全般的によさそうだ。
また、本多氏はラグレインのロゼワインを勧めていた。南仏のロゼと違い、しっかりとした濃い色あいのまさに「山のロゼ」。料理も選ばない、とてもいいワインとのこと。

今回のペアリングは日本の料理との相性がいいことはよく理解出来た。お家でアルト・アディジェのワインを飲むなら、ぜひ日本の食材、料理法でペアリングを愉しんでもらいたい。

いやいや、アルト・アディジェの郷土料理とワインを味わいたいと方には下記のお店を紹介しよう。

「三輪亭」
https://www.miwatei.com/

「da olmo」
https://www.da-olmo.com/

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山田_yamada 靖_yasushi

Why not?マガジン編集長。長くオールドメディアで編集を担当して得たものをデジタルメディアで形造りたい。座右の銘は「立って半畳、寝て一畳」。猫馬鹿。年一でインドネシア・バリのバカンスはもはやルーティン。

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