取材・文・写真(一部)/山本ジョー 写真/小松勇二
数々の一流ワインが産み出されるイタリアはトスカーナのなかで、ボルゲリの存在感はダントツだ。世界中に知れ渡るスーパースター的なワイン、いわゆる「スーパータスカン」たちがボルゲリ発祥なのは、いち早く地場品種の縛りから脱却し、ボルドー系品種に挑戦してきた先駆者たちのおかげである。ところで、力強い多くのボルドータイプと一線を画し、エレガント路線を突き進んでいるのがマッセート。11月に来日を果たしたオーナー会社社長と醸造家のコメントから、マッセートの世界観をあらためて確認してみよう。
ランベルト・フレスコバルディ社長は、若い時分にイタリアを離れ、アメリカのUCデイヴィス校へ。のちにロバート・モンダヴィとのジョイントベンチャーを成功させるなど、新規事業にも積極的に取り組んできた。
ボルドー系品種を用いたボルゲリ産ワインは、過去に幾度もブラインド試飲会で本場ボルドーワインを凌駕し、センセーションを巻き起こしてみせた。サッシカイア、オルネッライアはその代表格である。
「ボルゲリは『トスカーナにあって、トスカーナではない』との表現がピッタリ。トスカーナのぶどう品種といえば真っ先に挙がるのはサンジョベーゼですが、ボルゲリだけは特殊なテロワールで、ボルドー系品種向きなのです」と語るのは、ランベルト・フレスコバルディ社長。中世から1000年ものあいだワイン造りに携わってきた名門フレスコバルディ家の現当主として、オルネッライアをはじめいくつものワイナリー運営を統括するマルケージ・デ・フレスコバルディ社の代表を務めている人物だ。
そして今回注目する「マッセート」は、いわばオルネッライアのメルロー版。カベルネ・ソーヴィニヨン主体であるオルネッライアのブレンド用として栽培されたメルローがあまりに高品質ゆえ、メルローだけのワインが新たに造られるようになったとの経緯を持つ。
数キロ先に地中海を臨むマッセートの畑。今となっては一般常識である
「テロワール×適した品種選び=偉大なワイン」の公式を徹底証明して見せた産地でもある。
トスカーナ地方のボルゲリ村は、同じトスカーナ地方でもキアンティやブルネッロ・ディ・モンタルチーノより温暖な地。イタリア半島を縦断するアペニン山脈が北からの寒風を遮るが、夏になれば涼しい海風がそよぐ。もともと海であったボルゲリの土壌構成は区画によって砂地、粘土質、ときに石灰質が入り交じり、畑の位置が数メートルずれるだけでブドウの生育が大きく変わる面白さもある。
このボルゲリ産メルロー100%のワインは、畑に転がる巨大な石塊(MASSI)にちなみマッセ―トと名付けられた。石塊の正体は、青色粘土層と呼ばれる独特の土。乾燥した夏場には畑の随所でカッチカチに固まり、雨が降ればドロドロになる粘土はブドウ栽培者にとってやっかいな土壌だが、保湿効果により適度に冷涼な状態を保ってくれることもあり、メルロー種にとってはまさに楽園の地だ。
オルネッライア、マッセートの生産管理ディレクターに就任したマルコ・バルシメッリ氏は、ボルドー系品種のスペシャリスト。
さて、メルロー種のワインとなると、どうしても比較したくなるのがフランスのボルドー右岸。ボルドーでいくつものシャトーを渡り歩きコンサルタントとして活躍後、その知見をひっさげてイタリアへ戻ってきたマッセート生産管理ディレクターのマルコ・バルシメッリ氏は、さすがボルゲリとボルドーとの違いをよく把握していた。
「ボルドーは樹勢が強くなりがちなため、密植で抑制する傾向にあります。かたやボルゲリはボルドーより標高が低いですし、湿度は高い。ただ、テロワールとは土壌構成や標高だけを見るのでなく、吹く風の勢い、周囲を取り巻く森からの影響、さらには造り手たちの知恵と技術も含めてのものですから……」
そう語りつつも、バルシメッリ氏によれば「人の介在は、自然がワインに与えてくれるピュアな表現を助けるにとどめておきたい」のだそう。そうして、遠い昔は海の底であった畑の土からはときに塩気をも連想させるミネラル感を、ブドウからはフレッシュな酸を引き出し、マッセートらしい味わいを完成させている。
しかし、世の中には「ボルドー品種のワインなら、やはりボルドー産が一番!」と信じる層も根強い。そんなボルドーワイン至上主義者を相手にするなら、マッセートはどうアピールすべき?
「まず値段の問題がありますよね。ボルドーにもいろいろな価格のメルローワインがあるから、(希少価値が高く数万円の価格設定である)マッセートに振り向いてもらうフレーズとなると、『シャトー・ペトリュスよりは安い』かな(笑)。ただ、やはりスタイルがまったく違います。ボルドーのほかチリのメルローも、力強く骨太な味わいが主流でしょうが、マッセートはとにかくエレガントなのです」(バルシメッリ氏)
灌漑設備を持たないマッセートの畑だが、大地に蓄えられた冬の雨を吸い上げ、ぶどうは健全に成長。
天候の違いを如実に感じられるのも醍醐味のひとつだ。
ザ・リッツ・カールトン東京で開催された「マッセート マスタークラス」では、フレスコバルディ社長とバルシメッリ氏の両者によるヴィンテージ解説とともに、マッセティーノ2022、2018のほか、マッセート1995年~2021年のなかから選ばれた10ヴィンテージが会場に用意されていた。年ごとに天候、樹齢、瓶熟成による違いが当然みられるものの、すべてのボトルには共通項がある。それは、エレガントだけれどけして弱々しくはないマッセートらしさ。樽の使い方ひとつとっても、樽香をつけてインパクトを与えるのではなく、樽内での適正な酸化によって豊かなタンニンを落ち着かせ、味わいの構成をまとめていくための樽なのである。結果、なめらかなタンニンの微粒子に静かな酸とみずみずしい果実味をふんわりまとわせたかのような一体感を堪能でき、余韻も長い。
高級なマッセートにはなかなか手が出しづらいなら、まずはセカンドラベルのマッセティーノを。
樹齢の若いぶどうを用い、よりお手頃価格に設定されている。
今回登場した最古のマッセートは1995年だが、意外と1999年より若々しさを残しているのが印象的だった。なお2人が「個人的にお気に入り」と同時に推したのが2006年。「18年前のワインとは思えぬ若さと複雑味を持ち、バランスが最高」とフレスコバルディ侯爵がコメントした通り、長期熟成型ワインの本領を見せつけてくれた。最新リリースのマッセート2021、マッセティーノ2022はどちらも偉大な年で、こちらもまた数年先、いや数十年先にどう化けるか楽しみだ。
フレスコバルディ侯爵曰く、「昔からトスカーナは海から侵略者が入ってきやすい地形をしていて、さまざまな文化が混ざり合った歴史を持っています。結果、ユニークなものが生まれやすい気質があるんです」。
トスカーナならではの進取の精神に富むフレスコバルディ侯爵の采配、またバルシメッリ氏を含めた歴代の醸造家たちによってマッセートは進化し続けてきた。長期熟成後の変身ぶりが楽しみなワインが毎年誕生しているが―――
「『カルペ・ディエム』というラテン語があります。意味は、『未来は分からないから今を楽しもう』。イタリアはラテンですからね~」
と、侯爵は日々テンポよく抜栓し堪能している様子。ああ、ウラヤマシイ!