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WINE

「ナチュラルワイン」の定義はこれだ! RAW WINE TOKYO 2024 主宰者イザベル・レジュロンMWに聞く

インタビュー・構成/名越 康子

「本当においしいナチュラルワイン」とは? 教えてよ!?

「ナチュラルワイン」あるいは「自然派ワイン」はブーム発生から今は完全にマーケットに定着したが、「ナチュラルワインの定義」はなぜか明確にされぬままのように思う。
巷のワイン専門誌はもとより、ファッション誌、フードカルチャー誌もこぞってナチュラルワインの特集を組んでいるものの、その定義をせぬまま
「ふわっ」とライフスタイルとしてワインを飲むなら「ナチュラルワイン」(なんだそれ?)とし、
ワインというとなぜか敷居を高くしたがるゆえ、その対抗軸として「ナチュラルワイン」は権威からフリーダムなところにある「反逆性」と勝手に変換していることも多い(カウンターカルチャーに位置づければなんでも解決できる?)。
酸化防止剤」を悪者扱いさえしていれば「ナチュラルワイン」を肯定できる、という記事もある。はたまた「ナチュラルワイン」は「ストリートカルチャーだ」ともうすでに論理が破綻している。
飲む側もお店の人のいうがまま、なんだかオシャレでこれが美味しいんだからいいやという同調傾向も。
あー、もうわからない。


そんななか、世界各地で開催されているナチュラルワインの祭典「RAW WINE」が2024年5月についに東京で初開催された。そして主宰者イザベル・レジュロンさんが来日した。イザベル・レジュロンさんとは? どのような方かというと、フランス出身。2003年WSETディプロマを取得し、2009年マスター・オブ・ワインを取得。2016年「アラムニ・アワード」(WSETディプロマ優秀卒業生賞)受賞。2012年(日本のナチュラルワインブームの最盛期は2013年ごろ)自然派ワインの祭典「RAW WINE」を創設。というプロフィールなのです。ならば! イザベルさんに「ナチュラルワイン」について思うことを聞いてみたい。「もやもや」が晴れるのではないかと思い、早速インタビューを申し込んだ。

インタビュアーは、ワインジャーナリストでありお酒の専門誌「WANDS」の編集長、Why not?マガジンの総編集長も務めている名越康子さんにお願いした。専門的用語も登場するが、一般の方には分かりやすく「ナチュラルワイン」をとは? 「ナチュラルワイン」の美味しさの意味を掘り下げてもらった。以下、ご一読を!(:編集部編集長)

Q(名越:以下Q): イザベルさんがナチュラルワインに注目するようになったのはいつ頃だったのですか? そのきっかけについても教えていただけますか?

A: (イザベル:以A)私はフランスの小さなワイン農場で生まれ育ちました。ブドウ栽培もして家畜の飼育する複合農業を行っていて、ブドウ畑が日常の生活にある田舎で育ちました。大学へ行きブドウ栽培や醸造についても学びました。その後ロンドンへ向かい、MW(マスター・オブ・ワイン)のための勉強も含めビジネスなど多くを学びました。そのときに世界のワイン事情にも学びましたが、ワイン造りはほかの営利ビジネスと変わらなく、数字だけを追いかけているように映りました。というのは、造ったワインのテイスティングはするけれど、畑へ行かない、畑で働いている人たちとも手を取り合わない生産者を多く見ました。そんな現実は自分にとって、そんなワインの世界には違和感があり、響き合わなかったのです。しかし、2005年から2006年頃のこと。ロワール地方のニコラ・ジョリーと出会ったことで大きな変化が訪れました。
ナチュラルワインのコミュニティーがあり、畑においても醸造所の中でも自然を深く尊重する人々が多くいることを知りました。自分にとってのワインと響き合うワインの世界も存在するのだと感じることができました。それは一部で囁かれているような宗教的なものではなく、信念を持つ生産者のワインには自然の力強さが宿っています。ここが自分の居るべき場所だと確信しました。この世界に足を踏み入れることに迷いはなかったですね。それが全ての始まりだったのです。

Q: イザベルさんは著書等でナチュラルワインについて、オーガニック栽培(バイオダイナミック農法含む)によるブドウを使用し、ロー・インターヴェンションな(醸造においてできる限り介入しない)造りをしたものであると記していらっしゃいます。ただ、世の中には栽培がオーガニックやバイオダイナミックではないにも関わらず、醸造においてロー・インターヴェンションにしたものも多く出回っています。これについてどのように思われますか?

A: まず、ナチュラルワインに関する公式な定義がないので、それは悲しいことだと思います。
「グリーン・ウォッシング(うわべだけ環境訴求に取り組んでいるように見せる行為)」と呼ばれる、マーケティング目的のワインも多く存在しているのは事実です。オレンジワインであるとか、少し濁っていてSNS映えすれば良いという人も実際には多く、そういう人たちは「ナチュラルワイン」「ロー・インターベンション」「亜硫酸無添加」という言葉を便利に使っていますね。リジェネラティブ・ファーミング(再生農業・農薬や化学肥料不使用で不耕起栽培、カバークロップなどを行う農業)という言葉も同様です。
私たちが開催している「RAW WINE」では、オーガニック栽培もしくはバイオダイナミック農法であることに加えて、ロー・インターベンションで造られたワインしか紹介しないと決めて厳しく審査しています。私たちは基本的に醸造よりも農業・栽培の方が重要であると考えています。消費者が飛びつくような言葉をわざわざ使うのは要注意で、今後も啓蒙活動を継続する必要があると思います。

ただ今回日本で ”RAW WINE” を開催するにあたり、日本では気候条件からオーガニック栽培を行うのが難しい環境にあることはわかっているので(編集部注:日本は多湿な土地が多く、ベト病などブドウの樹が罹りやすい病気が発生しやすい。また自分は無農薬でも隣の野菜畑は農薬を使っているなど環境整備面での難しさもある)日本の生産者に限って少し基準を緩くしました。ワイナリー全体としては慣行農法によるブドウも購入していても良く、それでもこのフェアにはオーガニック栽培のブドウだけを使ったワインを出品してもらうように依頼しました。

Q: 日本では輸入ワイン・日本ワインともに、ロー・インターヴェンションのワインを好きなワイン愛好家がいて、たとえそのワインに欠陥があったとしても、あえてそれを好む人がいることから、市場に混乱(消費者のミスリード)が起こりました。今では随分そのような欠陥ワインは減少してきましたが、まだ存在しています。これは、他国でもあることでしょうか?

A: 徐々に変わってきていますが、あるにはありますね。私たちは少し寛容かもしれませんが、それでも「マウジー」と呼ばれる臭いが出るのは絶対にダメ。不安定で飲むに値しないワインだと考えています。揮発酸は少しなら複雑性とも捉えられるので大丈夫。ブレタノマイセスも同様に少しなら問題ない。後者2つは少量であれば、完璧ではないという意味で許容しています。

今の若い生産者たちは、醸造方法をきちんと学び、セラーをとても清潔に保っています。例えば蒸気を使って清掃したり、顕微鏡を利用して発酵過程を細かく把握したり。低いpHと高い酸度により、バクテリアが好まない状況を保ち、温度コントロールもきちんと行なっています。オーガニック栽培やバイオダイナミック農法にも長けていると同時に、醸造所でも高い技術で厳しく管理していますね。そして消費者側も学んできていて、ヴィネガーのような欠陥ワインについておいしいとは言わなくなってきています。

Q: なぜか日本では「亜硫酸無添加」という言葉に反応するナチュラルワイン愛好家が多くいるようです。イザベルさんが記されているように、亜硫酸無添加で品質の高いワインを造るには、深い知識と優れた技術が必要であると聞いています。日本のナチュラルワイン愛好家に、亜硫酸の添加とナチュラルワインのあり方について、正しい視点をイザベルさんの言葉で、伝えていただけないでしょうか。

A:まず、 オーガニック栽培の難易度は、立地、気候、土壌、そして生産者の経験値にもよって異なります。例えば石灰質土壌、バソールト(玄武岩)、花崗岩などの火山性土壌では行いやすく、反対に平坦な場所の重い粘土土壌では難しいのです。また、スペインのアンダルシア地方のような暑い産地では果汁のpHが高くなり、亜硫酸の添加が必要になります。先ほども伝えましたが、醸造よりも畑で行う農業の方が重要です。そして、安定した品質を保つことが大切です。
亜硫酸を10〜20mg/ℓ添加するだけで、バクテリアの活動を止めることができ、高い揮発酸もマウジーも避けることができるのですから、安定したワインを造るために少量の添加は問題ないと考えています。

ワインの品質の90%は畑の仕事で決まると考えています。偉大なブドウが得られることが何よりも重要です。土壌の分析をするとわかるのですが、畑で生物多様性が保たれていて生き生きとした土壌があれば、酸化に強いエネルギーあるブドウが生まれるのです。

慣行農法とクラシックな造りによるワインにも悪質なものが多くあります。一方で、ハートがなければナチュラルワインは造れない、とも思います。自然に対する愛情が必要だと心から思います。自然を尊重し自然の従事者として仕事をするべきだと思います。自然やブドウの樹とコミュニケーションを密にしなければなりません。ですから、ナチュラルワインの大量生産はできないのです。

私は全体を大きな視点で見ていて、ナチュラルワインを造るのは長い時間を使う旅のようなものだと考えています。例えば若い人がナチュラルワインにインスパイアされてワインを造り始め、3〜5年かかけて徐々に変化し品質も向上していきます。そもそも、少量生産のワイナリーを応援することが ”RAW WINE” の目的のひとつでした。
哲学的な面、政治的な側面、あるいは亜硫酸ゼロであるとか、そういうポイントで論争する人がいますが、私はそこが重要だとは思いません。それよりも土地を守り育てていくことの方がずっと重要だと思っています。

ナチュラルワインは、ワインの世界では小さなカテゴリーです。ただ、90%のナチュラルワインの造り手は、純粋な気持ちでナチュラルワイン造りを志しています。

2024年5月12日13日の2日間寺⽥倉庫 B&C HALL(東京)にて日本初開催された「RAW WINE TOKYO(ロウワイン トウキョウ)」。2日間で約1,600以上が来場した。出展されたワインも日本では発売されていないワインも多く「世界のナチュラルワインのいま」を知り「美味しいワイン」に出合えるイベントだった。(編集部記)

Q: ナチュラルワインは抜栓してからの変化が少ない(開けてからも長く飲める)と聞いたことがあります。それが事実であれば、その理由について教えていただけませんか? ブドウそのものにエネルギーが宿っているのでしょうか。

A: ブドウにエネルギーがある、とも言えるかもしれません。ただ、すべてのワインが抜栓してからも長持ちするわけではありません。若いワインの場合には、安定していないので1日か2日で飲んでほしいですね。

実は今研究中なのです。クラシックな醸造方法の場合はフィルターをかけたり亜硫酸を添加したりすることでワインの中にバクテリアが存在しなくなります。でもナチュラルな造りのワインを顕微鏡で見ると、バクテリアが多く存在しているのがわかります。オーストリア人研究者がある種のバクテリアが酸化を防いでいる可能性があると仮説を立て、それを分離し培養して研究しているところです。

また、ナチュラルワインは自生酵母で発酵するので発酵がゆっくりで1週間から数か月を要します。そしてその後数年間落ち着くのを待つ必要があります。例えば白ワインの場合は醸造中にすでに酸化して褐色がかった状態になっています。そのため酸化にとても強い体質になって安定しているのです。それが亜硫酸の添加を少なくできる理由でもあります。4年寝かしてから瓶詰めしたブルゴーニュのワインで、抜詮後に3か月ももったこともあります。

インタビューを終えて

大変興味深いインタビューをさせてもらった。「ナチュラルワイン」の大前提は「農業」、つまり「オーガニック栽培」であるとイザベルさんが繰り返し、はっきりと言及していたことに安心した。(名越 康子)

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